株式会社学研ホールディングス 執行役員
ダイバーシティ&インクルージョン室 室長 高橋美佐様
聞き手・プレジデントウーマン総研 所長 兼 編集長 木下明子
出版や教育事業にとどまらず、学習塾、幼児教育、さらには医療福祉・介護事業へと、M&Aによって事業領域を大きく拡大してきた学研ホールディングス。直近10数年で約20社がグループインし、現在では約110社のグループ会社を抱える巨大グループになった。多様な事業と企業文化が混在する中で、いかにして社員一人ひとりの「自分らしいキャリア」と「企業の成長」を両立させるのか。同グループが挑む組織変革の挑戦に迫る。
※この記事は、2026年2月3日に開催されたウェビナーの内容に基づいて構成しています
――学研グループは、以前からダイバーシティ推進に非常に熱心に取り組まれていますが、まずはこれまでの経緯と現在の立ち位置についてお聞かせください。
高橋 学研では、2014年から「ダイバーシティ推進室」を設置し、「ポジティブアクション宣言」を行うなど、女性活躍を推進してきました。その結果、20年には「グループ各社に女性役員1名以上登用」という目標を達成するなど、一定の成果は収めています。
しかし、当時のダイバーシティ推進室は兼務者の集まりであったため、女性役員候補者を継続的に育成する仕組みの構築にまでは至っていませんでした。せっかくの取り組みの一過性の「点」で終わらせず、持続可能な「線」にしていく必要がある。そう考え、2024年に第2フェーズとして、専任メンバーによる「ダイバーシティ&インクルージョン室(D&I室)」を新たに立ち上げました 。
―― 新たなフェーズの象徴として、「Your Style, Our Future」というスローガンも掲げられていますね。
高橋 はい。学研はM&Aによってグループインする企業が多く、多様な文化が混在しています。そのため、初めてD&Iというテーマに向き合う社員でも、グループが目指す方向性を直感的に理解できるメッセージが必要でした。
「一人ひとりが自分なりの生き方を描き、自信を持って進んでいく。それが、学研グループにおける出会いの第一歩である」。個人の多様なスタイルの実現が、結果としてグループの成長(Our Future)に繋がるというメッセージを、折に触れて全社員に発信しています。
――D&I室の立ち上げにあたり、弊社の「女性活躍ロードマップ策定キャンプ」にもご参加いただきました。どのような気づきがありましたか。
高橋 立ち上げ当初は、やるべき課題が山積しており、どこから手をつけるべきか頭を整理したいという思いがありました。
参加して最も大きな収穫だったのは、無数にある施策に「優先順位」をつけられたことです。点在していた課題を紐解いていく中で、「実はこれが問題の核(レバレッジポイント)だ」という本質が見えてきました。「ここを変えれば、オセロの石がパタパタと裏返るように組織が変わる」という気づきは、まさに目から鱗が落ちる体験でしたね。
――D&I推進には「トップのコミットメント」が欠かせません。2024年には私も経営幹部の皆様へ講演させていただきましたが、どのような反響がありましたか。
講演事例紹介
高橋 グループ会社の役員陣からの反響は非常に大きかったです。講演後、「これまでは女性の『家事や育児』を支援することだと思っていたが、そうではなく『キャリア』を支援するのだと気づいた。それは確かに会社の責務だ」という声が上がりました。
また、「女性は管理職や役員になった方が幸福度が上がる」というデータに触れ、無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)が払拭されたという役員も多くいました。D&Iは単なる福利厚生ではなく「経営戦略である」という共通認識が生まれ、経営層の意識に新しい風が吹いたと感じています。
―― 経営陣と社員が直接対話する「クロストークミーティング」も実施されたそうですね。
高橋 はい。全国の拠点とオンラインを結び、計4回実施しました。単なる質疑応答(Q&A)ではなく、「会社を良くするための疑問やアイデアを出し合う(Q&I:Question & Idea)」というコンセプトで行いました。
驚いたのは、回を重ねるごとに経営陣の発言が熱を帯びてきたことです。頭ではD&Iの重要性を理解していても、社員から直接生々しい声を聞くことで、課題の解像度が飛躍的に上がったのだと思います。今では、D&I室から働きかけなくても、役員たちが自らの言葉でD&Iについて語るようになりました。
――経営陣に対し、本音で意見を言うことに抵抗を感じる社員もいたのではありませんか?
高橋 運営側にもその懸念はありましたが、冒頭で当時の副社長が「心理的安全性がなければこの場は成立しない。今日は本当に何を言ってもいい場です」と力強く宣言してくれました。経営トップが自らそのスタンスを明確にしたことで、非常に活発で本質的な意見交換が実現しました。
――学研グループには、学習塾や介護など、夜間勤務や24時間体制を伴う業種もあります。こうした現場での女性活躍には難しさもあると思いますが、どう対処されていますか。
高橋 おっしゃる通り、一朝一夕に解決できる課題ではありません。以前は現場にも「出産した女性には、この業務はハードルが高い」という、ある種の決めつけがあったように思います。
しかし、最近は若い世代を中心に男性の育児参加意欲も高まっています。本人としっかり対話をしてみると、「毎日は難しいが、家族と調整すれば週2日なら夜間も対応できる」といったケースが出てくるのです。最初から「無理だ」と決めつけるのではなく、個々の事情に寄り添い、対話を重ねることが何より重要だと実感しています。
現在、一部の学習塾では独自にプロジェクトを立ち上げ、有給休暇の取得促進や業務代行の仕組みづくりなど、働き方の見直しが活発化しています。今年は業態別のクロストークも計画しており、D&I室が現場の対話をさらに促進していくつもりです。
――管理職層へのアプローチについて伺います。御社は日本企業の平均より女性管理職比率が高いですが、今後の目標はいかがでしょうか。
高橋 女性従業員が過半数を占める当グループとしては、まだ発展途上だと捉えています。現在は、管理職向けにグループ内の研修会社と共同開発した「アンコンシャス・バイアス研修」を実施しています。この研修のユニークな点は、各社にファシリテーターを置き、彼らにグループワークの進行を任せていることです。教える立場(ファシリテーター)を経験することで、その人自身がD&Iの真の理解者へと変容していくのです。各事業部の実態に即したワークができるため、「非常に腹落ちした」という声が多く寄せられています。
――管理職への登用プロセスにも変化はありましたか。
高橋 人事や各部門の責任者に対し、研修候補者や登用候補者を選出する際、「男女のバランスは取れているか」「見落としている優秀な女性はいないか」と、常に問いかけるようにしています。
その結果、これまで女性候補者の名前が挙がりづらかった部門からも、しっかりと育成候補者がノミネートされるようになり、管理職比率にも着実な変化が表れ始めています。
――一般社員の意識変革については、どのような取り組みをされていますか。
高橋 性別に関わらず、すべての社員に自らの「Your Style」を描き、「キャリア自律」を目指してほしいと伝えています。ライフステージが変化してから慌ててキャリアを考えると、どうしても選択肢が狭まってしまいます。そのため、20代から50代まで世代別のキャリアデザイン研修を実施し、自分の価値観や強みを棚卸しする機会を設けています。「どんな強みを磨けば会社に貢献できるのか」を主体的に考えることが、結果的に女性が長くキャリアを築くことにも繋がると信じています。
また、次期管理職候補のリーダー層を対象に「キャリアラウンジ」を開催し、リーダーシップのあり方を学ぶ場も提供しています。こうした取り組みを通じて、「自分には管理職は無理だ」と蓋をしていた社員たちが、自らの可能性を開花させ始めている確かな手応えを感じています。
――D&I推進を加速させると、「女性ばかり優遇されている」といった反発の声が上がることも少なくありません。
高橋 その通りですね。そうした逆風に対処するには、トップの明確なメッセージが不可欠です。先述のクロストークミーティングでも、「これは逆差別ではないか」という質問が出ました。その際、当時の副社長が「これまでは登用の機会が男女で平等ではなかった。現在の取り組みは、それを本来の姿に『戻す』ためのフェーズであり、逆差別ではない」と毅然と回答してくれました。この経営トップのぶれない姿勢が、私たち推進側にとって何よりの支えになっています。
――最後に、これからのD&I推進に関する展望と課題をお聞かせください。
高橋 女性従業員の割合と管理職比率の間には、まだギャップが存在します。瞬間風速的な数値目標の達成ではなく、育成と登用を「線」でつなぎ、継続的に女性管理職を輩出するパイプラインを強固にしなければなりません。同時に、管理職の働き方そのものの見直しも急務です。AIやDXを活用して業務負荷を軽減しなければ、男女問わず「管理職になりたい」と思う人がいなくなってしまいます。そして最大の課題は、ビジネスインパクトの可視化です。「D&Iを推進した結果、組織にどのようなプラスの効果があったのか」を明確にし、グループ全体の機運をさらに高めていきたいと考えています。D&Iの取り組みはすぐに結果が出るものではなく、もどかしさを感じることもあります。しかし、経営と現場を対話で丁寧に繋ぎながら、私たちは決して歩みを止めるつもりはありません。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。M&Aで多様な企業文化が混在する巨大組織において、D&Iを前進させるための「対話の力」を強く実感しました。特に、「逆差別ではないか」という現場の戸惑いに対し、経営トップが毅然とメッセージを発信されたことや、学習塾など時間的制約のハードルが高そうな現場でも、対話によってアンコンシャス・バイアスを外していくアプローチは、業種を問わず多くの企業にとって大きなヒントになるはずです。「点」の施策を「線」でつなぐ、学研グループのこれからの挑戦に大いに期待しております。
※本事例中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。
CONTACT
ご不明な点はお気軽に
お問い合わせください
お役立ち資料は
こちらから